本当の最善の尽くし方

最善の概念 未分類

あなたは、「最善」と言う概念を知っていますか?

うん、、、
口を揃えて「知ってるに決まってるだろ」と返答が返ってくると思いますが、、、

ノーノーノー。
実は90%以上の人間が、人生において本当の最善と言うものを理解していません。

 

まず、大きく理由を言うと、
「理論化がちゃんと出来ない」
「よって、物事の本質をバシッと見抜く事が出来ない」
「根気強さが足りない」
「何より思考力が乏しい」

そのため、思考停止してあらゆる情報に踊らされてしまうということなのです。

 

そして、これの何がいけないのか??

それは、【物事をより良くする事ができない】
別の言い方をすると【自分のためにすらならない】
という事が起こり得るために、それは最善とは言えないのです。

僕は自分のためになる事なのであれば進んでどんどんしろと自分の会社の人間達には言います。
もっというと、更にはそうする事で周りの人の為にまでなる事であれば、
誰も文句は言わないと。。

 

ですが、
「自分のため」
ここを勘違いしやすいんです。

 

かつて僕も言われた事があります。

「ただあいつは自分のしたいようにやってるだけじゃん」などと。
お前らと一緒にすんな笑わせんなと言う思いでした。

 

そこには、

【自分のしたい事をする為にどれだけのしたくない事だってしてきたか】
ということです。
まぁもっと厳密に言ってしまうとそれすらも確かにしたい事ではあるんですが、

それは
【自分の思い通りにする事とて大半の人間が出来ない楽では無いこと】

だという事になります。

 

ダイエットに例えると、ダイエットを成功させるのって楽じゃ無いですよね?

その目的を果たすためには様々な苦悩を乗り越えなければなりません。
辛くて辞めたくなるようなトレーニングであったり食事制限であったりと。

で、落とし穴はここにあります。
極端な話、多くのひとが、最善だとか自分のためになると思ってやってる事が、
実はこのダイエットで言うなら、ただ自分自分に「食べる事」だったりします。

だとしたら、当たり前に目的は果たせませんし、より良くなることなんてありえません。
長い目で見ても、【自分のためにすらなら無い】ということです。

結果が出ない人や周りに認めてもらえ無いことの多くは、『その目的を履き違えていること』によって、
即ち、その自分の「甘えた選択」によって作られている「いま」の連続であるという事は珍しくは無いのです。

まとめると【ちゃんとした目的を持てるか】か否か、だと言う事になります。

 

なので簡単な話、
ならまず『自分のしたいようにやってみやがれ』と言ったところです。

それだってそう簡単な話じゃ無いし、やってみればわかるし
やらなきゃわからないと言うだけの話なんです。

 

そして、それが最初の入り口なんだと言うことなんです。

そもそも人のためにとか社会のためとか家族、恋人?を幸せにする?
とかまだまだ本質やその人としてのレベル上げが足りてないんですよね。

だから、そんなひとたちでも「社会の為に働き口用意しといたよ」と
それさえやれば、社会貢献や家族を養ってあげる事ができるんだよって

めちゃくちゃすっげーありがたい事なんです。
それを作る方はとてつもないリスク背負ってきてくれたんです。

なのに、それにすら文句を垂れてるような具合です。

 

経験のない人にはわかりません。
これを僕は【下から上は見えない】と言います。

厳密に言うなら下からは上は『目を凝らして見ようとしなければ見えないと言うことです。』

これはビルで例えられます。
あなたは高いビルの上から下の人を見た事がありますか?
上から「うわー、あんなひとがいるよー」って見てますよね?

でも、道端を歩いてる人は目の前の道を歩く事に精一杯で全く上から見られている事にすら気付きません。

 

そのように、その道を通って来たひと、即ち上のひとからは全て見透かされています。

『あなたのその様な人間的レベルは』

それを自ら謙虚に受け止め、精進していく、

《自ら上を見据えていかない事には見えてこないという事です》
これはベストを尽くす、または最善を尽くした経験を積むと言うことになります。

 

それをしないという事は、もはや

【宇宙の法則】にすら反することなのです。

 

それが最善という概念を知らなければならない、圧倒的な理由になります。

即ち、目先の自分自分の考えに汚染されていることで、発展的な思考を持ち得無いということです。

 

そうすると現状維持する事がせいぜいになります、、
そして、言うなれば現状維持は退化です。

僕たち人間は酸化します。
歳をとるんです。
時間と共に。

であれば、幸せないまを現状維持させたいと思えば、更に進み続けて行くことでしか実際に維持する事はなし得ません。

 

なんでも「ただ」が付くほど安いものは無いのに、ただ何も自分の頭で考えずに安い思考を持って=思考停止をして、ただ「これさえやっていれば良い」と、

「正社員だから」「大きい会社に入ったから」「銀行員だから役所だから」と思考停止して居れば、足元をすくわれかねませんよ。

 

《よって、それは即ち結果的に何かに『依存』しなくては生きていけなくなってしまうと言う事になってしまうからです。》

 

人間には

【依存→自立→相互依存】

というような概念が存在してます。

簡単に言うと、

{依存は1+1が2にすらならない関係や状態}

{自立とは己で己を律する事ができる状態}

よって

{相互依存とは1+1が50にでも100にでもなり得る関係や状態}

この相互依存の関係が社会全体で起きれば、
絶対に悪いようにはならないという事でもあるんですよ。

小さい枠でも大きい枠でも常に
【本質はひとつ】

例えば家族だって、個々の関係においてだって言える事なんです。

 

このように、人間としての最終形態が『相互依存』だという事になります。
が、しかしそこに至るまでには、まず『自立』というフェーズにいかなければなりません。

そして、皮肉な事に世の中の80%は依存というフェーズから抜けれもしないという事実だそうです。

 

確かにそうですよね?
あなたはどうですか?

例えば、
家族で本当に支え合えていますか?
会社の社員同士、下らない足の引っ張り合いしてませんか?

でも、社会って、結婚って
「実際こんなもんだろ」と思考停止して、
あなたの本当の気持ちやそこにあるはずの発展性、価値のあるものを捨てて、
ただ自分を抑えてやって行くのが大人だとカッコ付けてませんか??

そんなことで精一杯になってる「ダサい自分」を素直に認める事すら出来ないと言う悪循環に陥ってませんか??

呑みに行く、出掛けてくる
そんな事ですら奥様に嫌な顔をされてませんか??

でも、そう言いたくなる奥様の気持ちもわかってあげなければなりませんよね。
無力な自分のせいでそれを我慢するしか無くなってる、それも自分ですから。

 

はい、この状態完全に『依存』という状態です。

 

同じところでスパイラルを繰り返すという事です。
【時間は進むのに】

するとどうなるか、、、
完全に退化の一途を辿ります。

はっきり言ってこの状態は人生において「クソ弱い」です。
足元グラグラなんです。

 

これは、国や社会、会社でも家庭だとしても個人同士や例え友達とて同じことが言えるんです。

こんな状態に陥っている会社は発展性、未来のある良い会社とは言えませんし
こんな状態の交友関係や恋愛において良い未来を算出する方が困難を極めます。
なので、早い段階で何らかの対応策を検討する事が求められますね。

 

と言った具合にその本質が見えることで判断の指針に繋がります。

これが【知らない事を知っている】というレベルなんですね。
これでようやく『お話になるレベル』

 

結局【知らない事を知らない】レベルで居ると、自分で自分の未来を律していくための判断基準や指針が無い為に負のスパイラルに落ち入りやすいのです。
これでは『お話しにもならないレベル』

 

その余裕がないものが余裕がないものを生んでしまう、負の連鎖。
これを【負のマタイ効果】と、呼びます。

ここから抜け出すには並大抵の努力では難しいです。
覚悟をしましょう。

 

だとしてあなたなら、すぐ様に「そうじゃない」と『自分的に』判断を下して、会社や友達を変えようとしますか?
ここで【吟味が必要】なんだって事なのです。

【無能は0か10でしか物事を判断出来ない】
って事です。

これは甘えた判断であり、これもまた最善と言うことにはならないのです。

 

そこにある【大切な中身】ってなんでしょうか??
ほら、結局そうやって【楽に逃げる】選択になってませんか?
甘えてますよね。
ダイエットでいう、「食べること」といっしょです。

即ち、自分の目先の都合や煩悩を律する事ができず
表面上都合の良い理由を付けたり逃げ道を探したり。
いろいろな要素を持ってしてちゃんとした【目的を持てて居ない】、または【目的を見失っている】と言う事なんです。

そう言った目先の楽に逃げた道では、長い目で見てより良くする事は疎か【自分のためにすら無い】
将来的には、自分の首を締めていく選択になっていると言う事です。

 

《尻つぼみのやり方》となってしまう訳です。

成功するひとは絶対にやらないやり方です。

『安物買の銭失い』と言うように、
ただ、いま目先の自分のためになんの投資価値も無いいまを送ってしまう事で人の為は疎か自分の首まで締めることとなってしまいます。

そう言うことを当たり前にやる人に限って「ひとに迷惑は掛けてない」と言わんばかりですが、1番周りのひとの事は考えずに自分自分していて、ひとを振り回していたり迷惑かけて居たりするものです。

これもやはり【本質はひとつ】なのです。

 

とは言え
人間時には逃げ道をつくる事も大切です。
では、何故?なんの為に逃げるのでしょうか??
そして、果たしてそれは逃げなのでしょうか?

そこにベストを尽くし吟味した事により目的が見え、
その『ひとつの形』として職場を変えるなり、交友関係を見直すと言うことに過ぎません。
それは即ち【逃げではなく、向き合う】と言う事になります。

 

即ち、そのような状態から脱却を図るには何らかの変革が必要とされます。
例えそれが個人の小さな意識や思考の中からだとしても。
小さなことから必要なんです。

それが、世界的に「今」必要とされているんです。

逆にいうと、そこまでに追い込まれているという事も事実なのです。

 

話を戻すと、相互依存の関係が人の本質としてとても重要なんです。

そうじゃなくたって、これから世界的にシビアな状況になって行くってのに、
本来助け合ったり、家族が居るから頑張れるような関係であってこその本当の家族ですから。

そんな家族同士、夫婦で互いに足を引っ張り合っていたら、
そりゃ乗り越えられるものも乗り越えられるわけが無いと言うわけです。

なのでコロナ離婚とかになります。笑
はっきり言って笑います。

本来大切なはずの人と一緒にいる時間が増えたことで、大切じゃ無くなるって面白いですよね。

まるである所から、もうすでに、そうと決まっていたみたいに。。

 

でも、確かに人間と言うものは

【あらかじめ、ある程度は決まっているもの】
で、あったりもします。

そう言うと諦めがちになる、これも先ほどの本質と同じです。

この話は少々難しいので、機会があればあとで話します。

 

とは言え
遅かれ早かれ、そのきっかけがコロナだったと言うだけで、その関係性はもうすでに破綻していたと言う事です。

【人間の本質はシビアな状況でこそよくわかります】

そういった本質をどうにもできなかった例という事です。
これを『どうにかしなければ』
本来望む良い未来は作れないという事なんですよね、、

 

そうは言っても何をどうすれば良いのか、
どういう風に改善するのかって言われたら、、

はっきり言うとたったひとつしかありません。

《見て見ぬ振りはやめて、いままでしてきた臭い物にした蓋をいますぐに開けて、それと向き合うしかねーよって言うことです》

 

その中で必要になる概念として、
【最善を吟味する】という事が非常に大切になります。

 

最善を吟味するって、実はいろんな要素を持ってしてめっちゃ難しいんです。
そこを悩んで向き合って、試行錯誤を繰り返す。
だからこそ見えてくるものがあるんです。

例えば、いまのコロナだって仕事に行かなければ家族を養えない。
だから「仕事に行くしか無いだろ」
それがこんな状況でも「家族の為に最善であり正義だ」って、、、

甘いです。

 

確かに仕事があるだけマシになります。
でも、そのせいで家族の命を危険に晒してることに違いはありません。
それに今後はコロナショックによって、そんな事すらも言って居られなくなるかも知れませんね。

そういう風にいままで『こうだからこう』と、
誰かの作ってくれたレールの上で甘えて生きてきてしまった結果です。

そこには無限大にあったその選択肢や可能性を、
自分自身で圧倒的に狭めて来てしまったということなんです。

でも、いまからだって遅くは無いんです。
とにかく思考を凝らして、前向きにどうにかしようと努力する姿勢が必要です。

毎日電車に揺られて、コロナの恐怖と戦いながら、
皆んなやってるからとオフィスに行く。

その努力や労力は馬鹿になりません。
むしろ尊敬に値する程です。

 

が、【やり方が違う】または【戦い方が違う】
という事なんです。

というかその労力の使い方が非常に勿体ないという訳なんです。

サラリーマンが悪いと言ってるわけでは決してありません。
何が「悪」かって、
常識を疑わずして、ただ目の前にある状況にいっぱいいっぱいになって、
思考停止してただ動いてる人間、、、

もういい加減限界なんですよって言っているんです。

疲れますよね?
本当に大変ですよね?

あなたは自分自身を犠牲にしてでも人のため、家族のため、社会のため、
誰よりもここまで良く頑張って来たことと思います。
一生懸命ひたむきに走り続けてきました。

そんなあなたを、心から尊敬していますし畏敬の念を抱きます。

本当に、お疲れ様でした。

【だからこそ】

サラリーマンでも工場員でもなんでも、
例えばいま一度会社のやり方を見極める。
些細な自分の動き方や
自分自身との向き合い方は、果たして本当に正しいのか考えてみる、
など。

 

それだけだって、確率論的には大きな違いを生んでいくんです。
そう言ったことの緻密な積み重ねなんです。

【小さなことからコツコツと】
必要なんです。

 

自分自身の生き方、そのやり方を考えてみる。
そう言った1人1人の選択意思。
それがいままさに試されてるという事なんです。

家族や自分の生きるか死ぬかが掛かっているんです。

いま僕たちはふるいにかけられています。

本来であればマイナスを0にする話ではなく、0からプラスにして行くところで話をしたいところです。

 

がしかし、
現代社会を生きる我々がそのように目に見えないマイナスを積み上げて来てしまったひとつの『いま』と言えるでしょう。

それをまだコロナが悪いとか会社や社会が悪いっていいますか?

これは、神が与えてくれた私たちへのチャンスと捉えることだってできるんです。

そんな中で。
いま一度自分自身の頭を使って【最善を尽くす】
という概念は、
あなたの未来を圧倒的に劇的に変えていくことでしょう。

 

ほんとうの真実とはなんなのか?
果たしてそれは本当に正しいことなのか??

と、いま一度、

【最善を吟味】してみてはいかがでしょうか。

ここで、外出するべきかどうかという事も含めて、、

「ん?待てよ、」と。

 

いままで育てて頂いたお父様お母様、
または愛してやまない子供達や奥様のお顔をみて

いま一度。

【最善の尽くし方】を吟味してみてください。

【神に与えられた人間の可能性は無限大】

なのです。

あなたに神の御加護がありますように。

では、またお会いしましょう。

Calidad De Vida 代表ひろ

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